神奈川県の相模原市相原にあるお寺曹洞宗、龍源山「正泉寺」です。

諸堂等のご案内

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当寺のご本尊、諸仏

本尊は「虚空蔵菩薩」さまです。
他に、「不動明王像」・「毘沙門天像」・「十一面観音」、「烏蒭沙摩(うすさま)明王」(お手洗いの仏さま)、「延命地蔵尊」などが安置されています。
境内には参道入り口に地蔵尊、参道西側の無縁塔に「身代わり地蔵尊」、山門前の東側には「六地蔵尊、しあわせ地蔵尊」、西側に「水子地蔵尊、延命地蔵尊」がそれぞれ祀られています。
また、当寺は「関東百八地蔵尊霊場 第91番札所」になっております。

無量庵/正泉寺あみだ堂2ページ目ー1

無量庵(正泉寺あみだ堂)は、かつては相模と武蔵を結ぶ二国橋のたもとの境内地にありましたが、明治後期に本尊阿弥陀三尊と閻魔大王の御尊像が正泉寺本堂の一角にお移りになりました。
以来、約一世紀の月日が流れた
2000(平成12)年、現在地にあみだ堂が再建されるに及び、これらの御尊像は蚕影尊(養蚕の守り神)や三途(さんず)の川に現れる奪衣婆の像とともに堂内に奉安されました。
2003(平成15)年に十二支の生まれ歳の「守り本尊」様が、寄進・奉納されました。
堂内中央におまつりしてある「守り本尊」様は、全部で八体です。この守り本尊様と各自の生まれ歳の組み合わせは下の通りです。

 

 

        観世音菩薩 ・・・子歳生まれ    虚空蔵菩薩・・・丑歳生まれ・寅歳生まれ
      文殊菩薩 ・・・卯歳生まれ  普賢菩薩・・・辰歳生まれ・巳歳生まれ
       勢至菩薩 ・・・午歳生まれ  大日如来・・・未歳生まれ・申歳生まれ
      不動明王・・・酉歳生まれ    阿弥陀如来・・・戌歳生まれ・亥歳生まれ


徳本念仏塔/相模原市登録有形民俗文化財2ページ目ー2

徳本さまは、1758(宝暦8)年に紀州に生まれ、江戸時代後期に伊豆や関東の各地に念仏を広めた僧です。
徳本さまが近隣を訪れた際に、各村々の念仏講中がその特徴である書体で書かれた名号(六字名号ともいう。六字とは「南無阿弥陀仏」のこと。)を求め、それをもとに念仏塔を建てたとされています。
台座に1818年の銘があります。主体部の高さは、109cm、以前は二国橋のたもとの無量庵(あみだ堂跡地)にありました。
地域の念仏講や村の生活史を知る上で貴重な資料です。
※相模原の文化財58/相模原市教育委員会著より転載


益進学舎の碑(二宮金次郎の石碑)2ページ目ー3

1873(明治6)年、政府の学制発布をうけるかたちで、当・正泉寺に益進学舎(えきしんがくしゃ)(学舎番号189)が開設され、住職が教員をつとめました。現在の「相模原市立相原小学校」の源流です。
1875(明治8)年に名称を「相原学校」と変更しました。その後、新校舎が相原177番地に完成し、その役目を引き継ぐまでの間ここで勉強が行われ、相原における近代教育の基礎を造る役割を担いました。
山門横の二宮金次郎像の台座には、「益進学舎開設之地」(相原小学校之源流/神藤松代師の題字)と記されています。


境内の観音さま2ページ目ー4

境内の「聖観世音菩薩様」は功徳主とのご縁で正泉寺に建立されたものです。
功徳主は、「観音様の建立は自分の為にとか先祖供養でもありません。一人でも多くの人が観音様のご慈悲のもと、しあわせになられますようにとの私の願いでございます。」と申されておりました。
建立された「観音様」の台座の中には、今までに沢山の人々の写経が納められています。

 

鐘楼堂

正泉寺の梵鐘は、約270年前の江戸時代中期にに建立された2階建山門の上部にありましたが、住職不在の折に行方がわからなくなり、約100年が経過しておりました。
前住職が梵鐘の再建を発願し、2003(平成15)年暮れに再建されました。
梵鐘は毎年の大晦日に近隣の方々により撞かれておりますが、近年は300~400名の方がお越しになられております。
現在では、午前11時の法事がある場合、その施主にお願いして梵鐘を撞いてもらっています。


龍昌庵

2009(平成21)年に檀信徒より土地の寄贈があり、その後土地を売却して正泉寺隣接の土地を購入、そこに2014(平成26)年に龍昌庵を建立いたしました。

この龍昌庵は「延命地蔵菩薩」をご本尊として、家族葬の式場や墓参り等に訪れた方々の休憩所としても使用できるように工夫されています。

 

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